そっけない/RADWIMPSの虜になってる。

ラッドといえば、私の中ではふたりごとのイメージが強い。中学の頃に遡るけれども、「ふたりごと」ではじめて RADWIMPSにふれた。友だちがやいてくれたCDに入っていた曲。その時はよく口ずさんでいた。

 

そこからかなりの時はたち、君の名は。ブームが起きた。私も例に漏れずそのブームに乗っかって通勤時にスパークル→なんでもないや→夢灯籠をひたすらリピートして聴いていた。(前前前世は聴いてなかった。笑。) 

 

そしてまた時は経ち2018年12月。

私はいま「そっけない」にどはまりしている。

 

私の中で私はRADWIMPSのちゃんとしたファンではない。ミーハーと言えば適切なのだろうか。それが正しい気がする。だから、新しいアルバムが発売されることはネットで知っていたし、Takaやあいみょんとのコラボ楽曲があることも知っていたけれども、ミーハーたる所以で「そうなんだ、機会があれば聞いてみよう」という思いくらいしか持ってなかった。(ちなみにその後、MVがあがっていたのであいみょんとのコラボ、『泣き出しそうだよ』は聴いていた。)

 

でも同じくMVが上がっていた『そっけない』のほうは気づいてなかった。

 

知り合いのライブに行ってきた、とはこないだの記事でお伝えしたが、その時カバーしていた曲がそっけない、だった。MCでRADWIMPSの曲だ、と言っていたので「ふーん、初めて聴く曲だ」とほわーんと聴いていた。そして後日もう1度2人の演奏で聴きたいなと思いながら原曲を探してMVにたどり着いた訳だ。

 

MVを見ればだいたいみんな同じような解釈になるとは思うのだけど、聴いている1人ひとり持っているエピソードが違って、YouTubeのコメント欄がすごいことになっていた。するすると音楽によって思い出される過去。整理される今。すごい力だ。切なさの塊と言えばいいのか、なんと言えばいいのか。いやそれこそ泣き出しそうだった。

 

映像を見ながら1回、コメント欄を見ながら1回。2回聴いて「好きだ」と思った。YouTubeのコメ欄に溢れているような切ない恋の話はできないけれども、感情の共有がしたいから、感じたことを書いていきたい。

 

くっと僕をつかんで、そしてキスが終わった後口角をひゅっとあげて満足げな顔をしていたあの子は、起きた後すっと身だしなみを整えて、身を翻して帰っていった。僕は何が起きたのかよく分からずに、混乱したまま目を閉じる。

なんでそんなに そっけないのさ そっぽ向いてさ
君の方から誘ったくせに 俺じゃないなら早く言ってよ
そんなに暇じゃないんだ

 え?って思ってる僕の気持ち。おいおい待てよ、それはなんなんだよって。私も思ってしまった。あなた幸せそうな顔しといてどうしたのよその変わり身は。

ちょっとひどいんじゃない あんまりじゃない
恋がなんだかもうわからないんだ
君が教科書になってくれるかい
いいよって君が言うなら 暇はいくらでもあるから

 でも僕にとって君のことが好きってことは自明なんだ。

 

このサビが好き。好きって気持ちは明らかなのに、相手のことが分からない。もどかしいこの気持ち。人の気持ちなんて分からないし難しい。「ストレートに表わして」そう願うけど、そうもできない私たち。そしてきっとストレートに表わされてもそれが本当の気持ちなのかどうか、疑っちゃうことも多い。

 

なんだったんだろう、あの態度。

なんだったんだろう、あの表情。

そして放たれた言葉1つひとつに意味を見出す。

 

気持ちが伝わるようにと手を重ねたはずなのに、そして唇を重ねたはずなのに、どうして思っている気持ちと違うことが起きるんだろう。何が本当のことなのか、分からなくなってくる。

 

君がいいなら暇はつくるってそれだけを言いたいのに、そんなに暇じゃないんだってちょっとツンってはいってるの、自分を守るためなのかなって思う。こんなにものすごく大好きなんだから、自分が傷つかないために自分のこと少し守るくらいはいいでしょ?これくらいは許してよね。って言ってるように聞こえる。

 

こうやって思ってた僕が君に心を揺さぶられて、不安になって迷って、でも最後に決意するんだよね。

だから今すぐ こっち向いてよ こっちおいでよ
いい加減もう諦めなよ 1秒も無駄にはできない
You know our time is running out, baby
もっと近くで もっと側で
この視界からはみ出るくらいに
君だけで僕を満たしたいの
いいよって君が言うまで 君と今日はキスをするまで
ここから動かないから

 

ああこの曲、小説みたいだから好きなんだ、たぶん。わかったわ。そうだわ。そしてこの歌詞に自分のことを乗せてるから1人ひとりのストーリーになって、広がっていくから好きなんだ。映像ともめちゃくちゃ合ってるし。

 

個人的に1番好きなとこ。

君の分厚い恋の履歴に残ることに 興味なんかないよ
君のたった一人になる以外には

みんな本当は本当はたった1人に大切にしてもらいたいって思ってるでしょ。そうでしょ。そうなんでしょ。私はそうだよ。笑。何人目だったとしても最終的には選んでほしいよ。私だって気づいて欲しいよ。

 

ハッピーエンドとか前向きな話でも、この曲の解釈とともに話されると切なさが溢れ出すのはなぜなのか。たぶんこの、人の気持ちが分からないことに立ち向かおうとして歩み寄った結果を話しているからなのかな。相手を好きになることだったり、信じることだったり、気持ちを伝えることだったりには必ずものすごいパワーが必要でそして悩むことも多くて、でもそれをえいや!って勇気とともに乗り越えていく。その勇気を出すためには色々葛藤だったり大変なこともあって、それらを溢れんばかりに感じるから切ないのかな。

 

ああでもこの曲が好きだ。

書くまではこの思いがなんなのかよくわからなくて、ただ漠然と切ないけど好き、と思ってリピートしていた。

 

そうやってMVを何回再生しただろう。ずっと流れ続ける『そっけない』

(ちゃんと音源も買ったので)しばらくはこの曲にどっぷり浸かって、切なさともどかしさをたっぷりと味わいたいと思う。野田さんすごい。(それしか言えん。)

 

以上 そんなにラッドのことを知らないけれどもこの曲に心を動かされて、はまりにはまって、何か書かないと居られなくなった三富の感想でした。

 

ピアノの優しい音色と野田さんの優しい声が合わさって本当にずっと聴いていられる。

 

本日も読んでくださりありがとうございました。