読書記録◎豆の上で眠る/湊かなえ

あらすじ

結衣子には本が大好きな万祐子ちゃん、というお姉ちゃんがいた。万祐子ちゃんは結衣子にたくさんの物語を読んでくれるお姉ちゃん。『えんどうまめの上にねたおひめさま』を真似してお父さんとお母さんの羽毛布団を使って実験したこともあった。そうやってよく万祐子ちゃんと結衣子は一緒に遊んでいた。近所の神社で、子どもたちが秘密基地を作ることにはまっていたあの夏。結衣子も例にもれず秘密基地をつくっていて、万祐子ちゃんも手伝ってくれた時があった。友達がうらやましがる立派な秘密基地が出来上がったその日、少し体の弱かった万祐子ちゃんは、疲れてしまったため遊び足りない結衣子をおいて先に家に帰ることにした。その帰り道、なにかがおきて万祐子ちゃんは2年間結衣子のもとから、家族のもとから姿を消すことになる。

 

万祐子ちゃんがいない2年間、親は必死になって万祐子ちゃんの行方を捜していた。いなくなった娘をさがすために、母親は猫と結衣子を使って近所をくまなく捜索させようとする。結衣子はうすうすそれに気づいていたけれども、母親を悲しませないために、そしてあのお姉ちゃん万祐子ちゃんを探すために気がついていないふりをして、嫌々ながらも猫探しを続ける。万祐子ちゃんが連れ去られたと思われるスーパーでの張り込みまでする母親。万祐子ちゃんがいなくなって悲しいと思う気持ちと、辛い思いをしているだろう両親を思うとどうしようもなくなる子ども心をもつ結衣子。両親も結衣子も色々な思いを抱えて、周りの人からの冷めた目で見られる日々に耐えていた時、万祐子ちゃんは急に帰ってきた。

 

万祐子ちゃんの顔は結衣子の記憶とは少し違っていた。しかし、そのことについては2年の時が経ったから、ですまされてしまう。あの時の、楽しかったころのあの時の万祐子ちゃんの雰囲気とは違うものを感じる結衣子。その違和感はずっとぬぐうことができなくて、あの時の万祐子ちゃんしか知らない質問をいくつもすることで結衣子は万祐子ちゃんが本物かということを確かめようとしていた。なんだか違う人なのに万祐子ちゃんは万祐子ちゃんと結衣子しか知らないことをきちんと答えてくる。タイムラグはあったりするけれどもすべてを的確に。

 

大学生になった結衣子。地元に戻ってきて駅で8ヶ月ぶりにお姉ちゃんの万祐子を見かける。でもなんだかおかしい。記憶の中にある万祐子ちゃんの顔の傷跡をもつ女性が隣に立っているからだ。でもあれは万祐子ちゃんではない。万祐子ちゃんはこっちだ、じゃああなたは誰ですか、万祐子ちゃんじゃないんですか。言葉にはならなくて、結衣子の視界は真っ暗になる。

 

果たして万祐子ちゃん誘拐事件の真相は。一体何が真実なのか。そして人は真実を知った時にそれを知ってよかったと思うのか、知らなかったほうがよかったと思うのか。

 

以下わたしの感想、ネタバレあり。

どうして雰囲気が変わってしまったのか、本当は別人なのではないか、万祐子ちゃんが帰ってきてから疑っては否定することを繰り返していた結衣子。試しても試してもボロは出てこない。でも目の前にいる「万祐子ちゃん」は、昔あれだけ結衣子が大好きだった万祐子ちゃんとは違う気がして、どうしても疑ってしまう。一番下に豆ひとつぶをおいて、その上に布団を何枚もひいてふかふかにして寝ても豆粒が気になってしまうお姫様のように、どれだけ万祐子ちゃんと結衣子だけが知ってることを聞いて試してもなんだかひっかかってしまう。人の勘といえばいいのか、第六感といえばいいのか、違和感が続いていたのだ。どれだけ昔のことであったとしても、そして一緒にいた時間がそこまで長くなかったとしても、大切に思っていた相手のことは忘れない。顔が記憶とちがうことは時間が経ったということでごまかせるかもしれないが、醸し出す雰囲気、語句のチョイス、仕草、そういった人から滲み出るものは、なかなかごまかしがきかないと思う。しかも大好きだったお姉ちゃん。そう簡単には納得いかない結衣子の気持ちに寄り添いながら読み進めてしまう。

 

ブランカをだしにして、万祐子ちゃんを探していたお母さん。子どもならば、親が心配していることをなんとかしたい、と思うのは当たり前。というかそうなってしまうものなのではないかと思う。それがたとえ間違ってることではないか、とか意味のないことではないか、ということも全て分かった上でそれでも親がこうだから、その通りにする。多かれ少なかれ、誰しも思い当たる節があるだろう。また、親の期待に添いたいというのも当たり前である。 結衣子も間違ってる、恥ずかしいとは思いながらも、母親の気持ちを思うと裏切れなくて、そしてまた期待に応えたくて、猫を探しているフリをしながらお姉ちゃんを探していた。

 

それでも湧いてくるどうしようも出来ないもどかしい思い。万祐子ちゃんに戻ってきてほしくてお母さんのいう通りにしてるけれども、心から出てくる、コレジャナイ感。間違ってるという思い。そういった思いに阻まれながらも変わらずお母さんのいう通りに行動してしまう自分がいるということ。この気持ちが痛いほど伝わってくる。そして、子どもにとって親の存在は言わば絶対である。そこから抜け出すことはとても難しい。 結衣子はお姉ちゃんを探す、という目的だから、と正当化する思いでなんとかそのもどかしい思いをカバーしていたのではないだろうか。

 

そうやってなんやかんやある中で唐突に万祐子ちゃんは帰ってきた。そして誘拐した、と犯人が自主してきた。よかったね、あのもどかしい思いも報われるね、仲良く過ごしました、ちゃんちゃん、ならまだ結衣子は救われたと思う。その出来事を忘れることができるくらい万祐子ちゃんと思い出が作れたし、大人になった時に親とそんなこともあったよね、と冷静に話すことができると思うのだ。そしたらその時はつらいことであったとしても忘れることができるし、記憶をいいように塗り替えることもできる。自分の都合のいいように解釈することだってできる。いくらでも救いはあるのだ。

 

ただ、帰ってきた万祐子ちゃんは、結衣子にとって別人だった。そしてずーっと抱いていたその結衣子の勘は正しくて、大学生になった時に本当のことを知る。結局もともといた万祐子ちゃんは、帰ってきた「万祐子ちゃん」とは違う人だった。けれども血のつながりとしては、帰ってきた「万祐子ちゃん」がお姉ちゃんだったのだ。

 

問題はこのことをみんなが知っていたということ。みんな、というのは結衣子を除いたメンバーだ。お父さんも、お母さんも。わたしがこのラストを読んだとき、結衣子の心情に寄り添いすぎていて、「最後まで隠し通せ。出来ないんだったらこういう形で分かるのではなくて、きちんと話しておけ。」と怒りに震えた。結衣子の気持ちを誰も考えていない。結衣子が子どもだったから真実を伏せたのだろうが、その考え方はあまりにも浅はかだったという他はない。結衣子はお姉ちゃんが大好きだったのだ。結衣子は両親の気持ちにも気づいていて、だからこそお母さんのおかしな言い分も聞いてわかっていないフリまでして、万祐子ちゃんを探していたのだ。周りの人になんと思われても、万祐子ちゃんが帰ってきてほしい、ただその一心で。

 

きっと、お父さんもお母さんも、もちろんハルカさんも誰一人として結衣子のこの気持ちを知らなかったのだろう。疑っていたのも冗談だと思っていた?いやいや、帰ってきた「万祐子ちゃん」を本当に万祐子ちゃんなのか、と結衣子がたずねた時点で真実を話すべきだった。子どもだからってだましとおそうなんて、そんなそんな都合よく、大人だけの話合いで終わらせるのなんてどうなの?とわたしは結衣子の後ろで憤っている。子どもだって大人と同じように敏感なのだ。なめてもらっちゃ困るよ、と言いたい。子どもの結衣子に代わって主張したい。

 

大学生にもなって、打ち明けられたこの真実を結衣子はどう受け止めればいいのだろう。そして自分だけが真実を知らなくて疑念を持って過ごしていた時間、真実を今知ったことによって出てきた万祐子ちゃんに対する失望、これらをどうすればいいのだろうか。あの時持っていたどうしようもないもどかしい思いは、お母さんに対してではなく、そんな思いをお母さんにさせてまでもそっちにいることを選んだのはなんでなの万祐子ちゃん、と万祐子ちゃんに対する非難に一瞬で変わった。

 

わたしも結衣子と同じ意見だ。なぜ弘江のもとへいったのか。分からない。終始結衣子目線で語られているからこんなにも結衣子に感情移入しているのかもしれないが、万祐子ちゃん(本当は遥だった)の気持ちが最後まで分かることはなかった。そこまでも分かってあげろ、それが家族ってもんじゃないか、なんて言われたら、それはあまりにも結衣子の気持ちがわかってないと思う。わたしは、万祐子ちゃん(結論、遥だった人)も、帰ってきた「万祐子ちゃん」も、両親も誰も信じられないから、そんなの本ものの家族じゃない、と思う。家族はお互いがお互いを大切にしあっている。結衣子が帰ってきた「万祐子ちゃん」を疑っている時点で、真実を話してどうしていくか、を話し合うのがお互いを大切にしてるってことになるのではないかとわたしは思う。少なくとも隠すべきではなかった。それはあまりにも結衣子の気持ちを無視している。真実を話すには幼いから、とかそういう理由を並べ立てるのであるならば、わたしはこう言いたい。「じゃあ最後まで隠し通せ。」と。結衣子に救いがないじゃないか。ほかのみんなは自分で折り合いをつけてきたに違いない。でも結衣子は真実を知らなくて、折り合いをつける前の段階にしかいられなかったのだ。真実を隠し通してくれていれば、折り合いはつけられたのかもしれない。でも、結衣子は違和感を感じていたのだ。まあ最初から真実を隠すことは無理だったのだ。そのことに誰か気づいて、はやく真実を教えてあげてよ。結衣子が悩んできた時間は何だったのか。おいおいおい!とヤンキーばりにそっち側全員に声をあげたい。

 

湊かなえさんが天才すぎて、はまってしまったって話

わたしはハッピーエンド大好き主義者だったので、なかなかバッドエンド(といえばいいのか、救いがないといえばいいのか)の小説は読むことが少なかった。様々な経験をして、バッドエンドでも受け入れられて、さらにそれを楽しむことも出来るようになったので(というと言い方に語弊があるかもしれないのだが)、今回湊かなえさんの本を読んでみることにした。湊かなえさんの本はバッドエンド(といえばいいのかなんといえばいいのか)のイメージが強かったので、唯一白雪姫殺人事件をDVDで見たくらいだったが(めちゃくちゃおもしろかった笑、そしてその時に気が付くべきだった)、今回しっかりと読んでみて、とてもおもしろかった。ぞくぞくするような救いようのない理不尽なラストだった。しかしそこに至るまでに丁寧に結衣子の心情が描いてあった。だからわたしはこんなにも結衣子に感情移入して最後ともに理不尽さを味わい、本ものとは…?と疑問を持った。湊かなえさん、天才すぎる。気が付いたのが今更でごめんなさい。めちゃくちゃおもしろかった。

 

ちなみにこの後すぐに告白も読んだのだけど、こちらも最高におもしろかった。でもわたしは告白よりこちらの豆の上で眠るのほうが好き。好み笑。また感想書きたい。

 

本日も読んでくださりありがとうございました。