死にたいという闇の中から抜け出したい。

人が死ぬということ生きるということ

わたしたちは自分の意思でこの世に生まれ落ちたわけではない。いつの間にか生まれていて、いつの間にかこの世界で生きていかなければいけなくなった。それを幸ととるか不幸ととるかは人それぞれだが、せっかく生まれたわけなので、なんとか幸せな人生、意味がある人生を生きたいと思うのが人の心というものだと思う。

 

 

自分で死を選ぶということ

そんな人生だけれども生きていれば追いつめられて、この世界から逃げたくなる時もある。わたしも人生で2度本気で死を考えたことがある。このつらさから解放されたい、誰も分かってくれないこの痛みから逃げたい。そう思った。

 

ただ、わたしは天国とか地獄があってこの魂は残ると思っているから、死んでも楽にはならないと思っている。だから本当に辛かった。死んだとしてもこの苦しみから逃れられないのだから、なんとかしてこの苦しみと共存していくしかないのか、と毎日もだえ苦しんだ。

 

その時に気が付いたことは誰にもわたしの苦しみ、痛みは分かってもらえない、孤独だということだった。

 

1人では闇から抜け出せなかった。支えてくれた人。

死にたいともだえ苦しんでいた時、なんとかこの苦しみから今抜け出さなければ、抜け出したいと思って過ごしていた。しかし寝ても起きても苦しくて、どうしようもなくて、頭がおかしくなりそうだった。

 

必ず抜け出せる、そう支えてくれたのは親だった。必ず抜けだせる、でもそれは自分自身でなければならないんだよ、いつでもここにいるからね、その苦しみはいつまでも続かない、時間はかかるかもしれないけど、必ず抜け出せるからね。ずっとそういうことばをかけてくれた。抜け出せるなんて思えなかったけど、大好きな親だから、信頼している人だからそこだけを信じて毎日生きていた。結果どうなったかって?少し時間はかかったけれども、わたしはいまこうして幸せに生きている。

 

そしてわたしには大切な大切な友人がいる。話を聞いてくれて、大丈夫よー三富なら抜け出せるよーとおおらかに受け止めてくれた。何やってるのよなんて一言も言わないで、ラインで雑談をしてくれた。わたしがアクションをおこしたら、助けを求めたらいつでもそこにいて手を差し伸べてくれた。

 

この人たちを思いっきり頼って支柱にして自分を立て直していけた。

 

自分が孤独であることも自分でしか抜け出せないことも分かった。

わたしはそれまであまり孤独を感じたことはなかったけれども、この経験で本当に孤独を感じた。そして自分で責任をもって生きていくということが身にしみてわかった。

 

その中でも、その中でも、支えてくれる人がいて必ず抜け出すという決意をもてば、そこから抜け出すことは出来るのだ。今闇の中にいる人には信じられないかもしれない。自分でしかその闇を切り開いて抜け出すことは出来ないけれども、自分でその闇から抜け出すことが出来るのだ。もちろん1人では無理なこともあるから、周りの人に助けを求めたらいい。たった1人で生きているわけではないのだから。それは親でなくても友人でなくてもいい。全然知らない人でもいい。なんとか、なんとか自分が崩れないように支えてくれる人を見つけてほしい。

 

抜け出せる。そこから、必ず。

結果論だと言われればそれまでだ。でももう一度自分を信じて踏みとどまってほしい。自ら死を選ばないでほしい。これはわたしのエゴなのかもしれない。しかしあなたにはわたしと同じように希望的な未来が広がっている。それにその未来を選ぶことが出来るのだ。

 

人には言えないような苦しみを経験したら、その分人にやさしくなるし、人の気持ちが分かるようになる。それは自分の人生を幸せに生きていく糧になることは間違いない。これも全部全部後からわかったことだけど。そして今辛い人には信じられないことだろう。結果論と言われればそれまでだし、理想論であることは分かってる。でも一歩先に抜け出せたものとして言わせてほしい。

 

なんだかわからないけど、もがいていたらすっと抜け出したのだ。なんで抜け出したのかも、なんで闇に落ちていたのかももうもはやわからない。でもこういう経験をした人はきっとみんなそうだ。すっとぬけるのだ。

 

苦しみ、がいつまでも続くと思わないでほしい。未来、が苦しみの中で終わると思わないでほしい。苦しいことから逃げ出すのは問題ないけれども、死という選択肢を自ら選ばないでほしい。

 

どうぞあなたが闇のなかから抜け出せますように。

わたしだけではなくあなたも幸せになれますように。

 

 

本日も読んでくださりありがとうございました。